これまでの歩み
-新人時代の思い出を教えてください。
最初の職場は大学病院で、新人のあいだで「あの病棟は忙しそうだから行きたくないね…」と噂されていた病棟に配属が決まりました(笑)。その病棟にとても厳しい先輩がいて、その先輩の機嫌を損なわないように、毎日必死になって仕事を覚えていった結果、スピード感を持って業務を遂行する技量がついたように思います。
新人時代の失敗談は数えきれないほどありますが、特に印象に残っているのは、はじめてナースコールに対応した時のこと。病室に行ってみると、術後の患者様のベッド上の排泄介助で、先輩に相談をせず一人で対応した結果、大失敗して創部まで汚染してしまい、患者様に苦痛な思いをさせてしまいました。
その後はもちろん先輩からこっぴどく叱られ、自分だけの判断で勝手に行動してしまったことを深く反省した記憶があります。
-看護師として働く中で、転機となった出来事はありますか?
一番の転機は、尊敬できる上司との出会いです。その上司は、とにかく部下の話を親身になって聞いてくれる方で、私が主任を任されて仕事に行き詰った時、とてもお世話なりました。
「この人についていきたい!」と思ったので、その上司が看護部長に昇格してグループ病院に転勤後、私も同じ病院に転勤の希望を出して転勤したんです。心から信頼できる上司のもとで働く日々は本当に充実していて、たくさんの学びを得ました。
私はもともと管理職に興味があったわけではないのですが、その上司に憧れてマネジメントも学ぶようになり、気付いたらいつの間にか看護部長になっていました(笑)。
-こちらの病院には、2025年4月に赴任されたそうですね。
ええ、病院が大きく生まれ変わる過渡期に赴任しました。当院は1978年に「鶴川サナトリウム病院」として開院以来、高齢患者様や認知症患者様への慢性期医療に特化してきましたが、2024年に一般病棟や回復期リハビリ病棟を開設し、高齢者救急やリハビリ・退院支援といったニーズにも応えられるようになりました。
地域医療構想の達成に向けて、従来のサナトリウム(療養所)から、認知症医療が強みの多機能病院へと進化を遂げるため、2026年4月に「イムス明理会東京町田病院」へ改称して再スタートを切ったわけです。
今後も時代の変化や地域の実情に合わせて医療提供体制を見直し、住民の皆さんからも、働く職員からも選ばれ続ける病院を目指したいと考えています。